DM3 LIVE IN OSAKA DIARY 1

2015年5月4日13時半、新大阪駅のドトール・コーヒー。
僕はそわそわしていた。
この日、大阪でライブを行うオーストラリア・パースのバンド、DM3を迎えにきたのだった。

ことの発端は2月16日にさかのぼる。
DM3の来日が発表になった時、こんなツイートをしたのだけど


これがきっかけで、主催者のTarget Earthの中上さんと連絡を取り、なんと本当に大阪公演を開催させていただくこととなったのだ。
しかも、本当にヴェルヴェット・クラッシュのポール・チャスティンも一緒に。

DM3は5月1日から3日まで、東京でライブを行っており、その後大阪に移動してライブをして、2日弱滞在して関空からオーストラリアに帰るというスケジュール。
東京でのライブは連日大盛況、ネット上でも絶賛の嵐で、既に僕はいてもたってもいられない状態だった。
4日の朝、東京~大阪間の付き添いのスタッフはおらず、バンドメンバーたちのみで新幹線に乗って来てもらった。ホテルから品川駅まで送迎してくれた友人のお肉さん(仮名)、本当にありがとう。

新幹線は予定通り到着。予約した座席辺りの出口で待っていると、大荷物と楽器を持った外国人が四人出てきた。

…なんか全体的に、でかい!

最初に彼らを見た感想だった。なんというか、いかにもオーストラリアのバンドって感じだ。
そしてこの後、私は彼らの見た目以上にパワフルなパフォーマンスと、ジェントルな人間性を知ることになるのだった。

メンバーは3人。
ボーカル/ギターのドム、ベースのトニー、ドラムのパスカル。
そして、カメラマンのロビーが同行している。

これまでも海外のバンドのアテンドをしたことはあったけど、そんな時はたいてい他に英語が話せる人がいた。今回は、自分一人。乏しい英語力ともっと乏しいコミュニケーション能力でなんとかやっていくしかねえ!腹をくくって、ドムと2,3言話し、みんなを先導してタクシー乗り場へ向かったのだった。
この時は、「なんかオドオドして頼りないプロモーターだなぁ今夜のライブ大丈夫かよ…」と思われていたことだろう。なんか頼りないという点については、最後まで払拭できたかわからないけど。

新大阪駅前のタクシー乗り場で、トニーがタクシー…というかマイクロバスに近い、でかい車を見つけた。普通のタクシー2台で行くつもりだったんだけど、これなら1台で行けるし、料金も結果的に安くなりそうだった。いかにもロックバンドのツアーって感じでテンションが高まる。モンスター・オブ・ジャングル御一行が大阪の街を往く。

車中でも僕はあんまりメンバーと話せずそわそわしてたんだけど、隣になったパスカルが話しかけてくれた。地図を見ながら、「フェスティバルホールってどこか知ってる?」
何か明日観たいライブでもあるのかな?と思ったのだけど、話を聞くと「ディープ・パープルのライブ盤が録音された場所なんだ」とのこと。その時は、わざわざ観に行くほどのもんか?と思ったのだけど、後ほど書くけどこれは思いのほか感動的なエピソードだった。

ライブの準備で苦労したのはホテル探しで、日程がちょうどGWど真ん中のためどこも早い段階で予約が埋まっており、部屋を確保するのが大変だった。なんとか2泊分確保した梅田のちょっといかがわしいエリアのホテルにチェックイン。
少し休んで、すぐ会場のある松屋町に向かう。ハード・スケジュールだ。

でかい車で松屋町へ。会場の地下一階(ライブハウスの名前)にほぼ時間通りに到着。滞在中通して、みんな時間をきっちり守ってくれる人たちで本当に助かった。
荷物を運び込んでいると、ほどなくポールたちも到着。今夜の主役たちのご対面だ。
ドムとポールは、一度オースティンのフェス、SXSWの会場でちらっと会ったことがあるそうだけど、ちゃんと話すのは初めてのようだった。
いずれも90年代を代表するパワーポップ界の名ソングライター。また、ヴェルヴェット・クラッシュ、DM3ともにミッチ・イースターとの仕事で名盤を生み出しているなど繋がりもあり、そのメンバーたちがこうして出会っているのは、とても感慨深いものだった。

しばらくの歓談の後、DM3がリハを始める。既にネットで様々な感想に目を通していたが、想像を超える大迫力の演奏。期待が確信に変わった。間違いなく、最高の夜になる。

リハの後、みんなでお好み焼きを食べに行った。英語で食べ物のことを説明するのは難しい……。

(つづく)

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